1月22日、東京・豊島区南長崎に小さなシェアキッチンがオープンした。 南長崎といってもピンと来ないかもしれないが、同エリアはかつて手塚治虫や藤子不二雄、赤塚不二夫、石ノ森章太郎ら日本を代表する漫画家が若き日を過ごした「トキワ荘」ゆかりの地だ。現在、地元町会や商店会、豊島区がトキワ荘を核としたマンガによるまちづくりを推進しており、2020年3月にはトキワ荘の原寸大復元施設としてマンガ・アニメをテーマとしたミュージアムも整備する予定だ。同シェアキッチンは、トキワ荘跡地に通じる道路、通称トキワ荘通りに面している。住宅と商店が混在する商店街で、商店の中には長年空いたままで放置されている店舗もあり、同シェアキッチンが商店街活性化の一拠点となればと周囲は期待を寄せている。
◆“元祖シェアオフィス”の地で創業支援
このシェアキッチンを手掛けたのは、売買・賃貸仲介、開発、リノベーション等を営む(株)ジェクトワン(東京都渋谷区、代表取締役:大河幹男氏)。同社は、3年前より地域に密着したまちづくりをテーマとする空き家活用事業に着手しており、その一環で今回、豊島区との公民連携により商店街の空き店舗をリノベーションした。
この事業は同区の「創業チャレンジ支援施設開設事業補助金」制度を利用している。産業育成、創業者支援を目的としているため、“元祖シェアオフィス”とも言えるトキワ荘のあった地こそ創業を目指す人たちの施設をつくるにふさわしいと考え、この地に決定した。地域活性化という観点から、トキワ荘という土壌のある南長崎のポテンシャルも感じていたという。
まず、トキワ荘通り沿いの3年前に閉店した元中華料理店が入居していた物件を選び、リノベーションに当たって近隣住民の要望を調査。公園や道端で乳幼児を連れた若い母親や散歩しているシニアなど約50人に、「どういう施設があったら嬉しいか、必要なのか」を聞いて回わったという。
当初は創業支援ということでシェアオフィスへの再生を頭に描いていたというが、「気軽に座って食べられる場所が欲しい」という要望が多かったことからシェアキッチンに軌道修正。
「確かに近隣には飲食できる店がほとんどなく、10分、11分歩いた『落合南長崎』駅や『椎名町』駅の近くまでいかないといけない状況。だったら、地域の人に喜んでいただける飲食ができる場で創業してもらってはと考えました」(同社地域コミュニティ事業部・石井萌奈氏)。
◆製造スペースにイートイン、許認可を取得し商売可能に
こうしてできたシェアキッチンは、“漫画のコマ割り”と“皆で場所を割って何かを作り出す場”という意味合いを込めて「コマワリキッチン」と名付けた。
都営大江戸線「落合南長崎」駅徒歩10分、西武池袋線「椎名町」駅から徒歩11分に立地。専有面積40平方メートル。
製造スペースには、業務用3口ガスコンロとコンベクションオーブン、冷凍冷蔵庫、対面冷蔵ショーケースを備え、その場で商売(製造商品の販売)ができるよう、飲食営業および菓子製造業の許認可も取得。近隣住民の要望を叶えるイートインスペースも設置した。
同社が賃借し、製造スペースを時間貸しで運営。365日24時間営業で、製造スペースは、会員登録をすれば誰でも利用できるようにし、料理教室、ケータリングの仕込み、新しいメニューの開発、食育イベントの開催といった利用も想定している。料金は、1回5時間程度の利用を見込み、ドロップイン会員(月5時間)1万5,000円からプラチナ会員(月50時間)5万5,000円まで。追加延長も可能とした。事業を始める上で必要なことを学ぶ全5回の起業塾(有料)も開催する予定。
◆今後はハンドメイド作品の販売もできるように
事前の聞き込み調査を行なったこともあり、工事中は日々、通りすがりの人々が「何ができるの?」と興味深々に聞いてくるほど、自然と周囲の関心を集めた。
「こういうキッチンができるんですと伝えると、“私も何かつくりたい”とおっしゃってくれる若いお母さんも多くいて。お客さんとしてだけでなく、このキッチンができたことをきっかけに、自分でも創業したいと思う人が地域から出てくれば面白いですね」(石井氏)。
こうした状況から、チラシを置く以外は特段、宣伝等はしていないが、自然と口コミ等で広まり、また同社スタッフの知り合いを通じた申し込み等も多く、オープン当初から1週間はすぐさま日中の時間帯がほぼ埋まった。その後も順調に予約が入っているという。独立を目指し腕試しをしたい人や、すでに店舗開業予定で練習・試食会を開催したい人、趣味も兼ねて不定期でお店を出したい主婦などさまざまな人から反響を得ているそうだ。
今後は、4月を目途に食品以外のハンドメイドのクラフト作品などが販売できるブースも設ける予定。「漫画の聖地ということで、同人誌販売などの問い合わせもあります。外からくる人と地元の人、さまざまなクリエイターと消費者が密に交流できる場にしていきたい。コマワリキッチンが軌道に乗り、この通りで第2弾、第3弾と手掛けていければと思います」(同氏)。
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地域の人が望むものをと言うのは簡単だが、50人の人に直接聞いて回るというのはなかなかできないことだと思う。その熱意が伝わったのか、オープン当日はマスコミ向け見学会が開催されたため一般販売はしない予定だったにも関わらず、近隣住民が次々に訪れ、試食用に用意された品々が売れていた。地域の人々の期待が感じられる。この施設がトキワ荘通りのにぎわいの拠点となりえるか、今後が楽しみだ。(meo)