記者の目 / リフォーム

2019/5/10

築古建物、息を吹き返せるかはアイディア次第

 企業が自社従業員に提供する社員寮や社宅物件。所有不動産の組み換えや入居希望者の減少、維持管理コストの削減などを目的に、売却や借り上げ契約を終了するケースが見られる。高スペックなものについては、そのままリフォームに近いリノベーションを行ない賃貸物件として運用したり、分譲マンションとして区分所有権にして販売するケースもあるが、そうした再生が難しい物件もある。
 今回は、社宅・社員寮物件を再生させた2つの事例について紹介したい。

◆ニーズに合う部分・合わない部分を仕分け

 投資用新築1棟マンションの建築・販売を主に手掛ける(株)フェイスネットワーク(東京都渋谷区、代表取締役:蜂谷二郎氏)ではこのほど、ある法人が所有していた寄宿舎物件を取得し、スタジオ・共同住宅・事務所の複合物件「GrandStory YOGA(グランストーリー用賀)」として再生。このほど販売を開始した。

真っ白な外観が特徴的な建物。住宅地の中でもひときわ目を引く

 東急田園都市線「用賀」駅徒歩10分。敷地面積400平方メートル、鉄骨造・鉄筋コンクリート造地上3階地下2階建て。低層の住宅が多いこの地域では、かなり規模の大きい物件との印象を受ける。

 1987年築。従前は地下は演劇等の練習に使用できるスタジオ、2~3階は寮、1階は共用浴室、食堂、寮母スペースなどで構成されていた。

外観(before)。築年数が経過した集合住宅といった雰囲気を感じる
地下にはスタジオが2つ備えられていた
2・3階の居室。専有部に備えられた水回りはトイレのみで、現在のニーズには合っていない

 築年数がかなり経過した物件ではあったが、立地の良さ、建物の構造がしっかりしていたことなどから同社は取得を決定。全面的にリノベーションを施したうえで、投資用物件として再販することとした。

 外観は白に塗装し、住宅街の中でも目をひくような印象的なファサードに。地下2階にある2つのスタジオは、法人が自社で使うケース、レッスンスタジオとして運用するケース、どちらも可能性があると判断し、リノベーションを実施。利用者の利便性・快適性を向上させるために、シャワーブースやトイレも全面的に改装した

 共同浴室や食堂などで使われていた1階は、オフィスやSOHOの利用を念頭に置いたスペースに全面変更。天井高が低く圧迫感があったことから、天井の一部をスケルトンにし、床を一部下げるなどの工夫により、開放感を演出している。入口を1ヵ所新設して計2ヵ所とすることで、間仕切り壁を設ければ2つのテナントへリーシングが可能と、投資物件として運用するケースも踏まえた設計としている。

地下スタジオは塗装して印象を一新
1階はオフィスとしての使用を念頭に置いたスペースに

 2・3階は、1R(専有面積16.44平方メートル)の住戸を11戸用意。従前はトイレのみが設置されていたが、「水回りは専用が当たり前となっているので、各戸に設けました」((株)フェイスネットワーク不動産開発二部・獨鈷智宏氏)。限られた面積内にレイアウトするため、浴槽のないシャワールームを採用。シャワールームとトイレは、仕切りにガラスを用いることで窮屈感を払拭している。

専有部は1Rで面積は約16.5平方メートル
シャワールーム、トイレはガラスで抜けているため、きゅうくつ感がない

 また壁には棚柱を設置し、入居者が金具と棚板を購入すれば、容易に収納を作成できるほか、室内物干しも設置するなど、限られたスペースで快適に暮らせるような工夫をしている。

 その他、配管関係、設備などで経年が心配なものについては、専有部・共用部ともすべて一新した。

 現在、販売活動を展開中だが、立地の良さ、投資家、法人の自社使用の両方が見込める形にリノベーションしたことで、販売対象の拡大も図れている。現在複数の引き合いを受けているそうだ。

◆以前の共用施設は専有部に機能を吸収

 (株)ジェイ・エス・ビーでは、企業の社宅として活用されていた物件を学生専用賃貸物件「Re:bar machida」(東京都町田市、全71室)として3月から運用を開始した

「Re:bar machida」外観

 もともとはオーナーが建物を建築して法人に賃貸、社員寮として活用されていたが、数年前に契約が解除に。寮物件の特殊性からその後すぐの活用が難しく、数年間空き家として放置されていたが、同社に相談が持ち込まれたという。

専有部に浴室はなく、共同の大浴場が設けられていた
トイレも共同で、一部は和式であった
専有部は和室で収納も少なめ

 小田急小田原線「町田」駅徒歩10分、JR横浜線「町田」駅徒歩13分。鉄筋コンクリート造地上4階地下階建て、1988年築。築30年を超えているが、躯体などがしっかりしていたこと、小田急線沿線には複数大学が所在、通学至便な立地であること、専有部が15.5~32.9平方メートルと比較的広く設けられていたことなどから、学生寮へのコンバージョンをオーナーに提案、受け入れられた。

 この物件も従前は風呂・トイレ共同であったが、専有部に設ける形に変更。冷蔵庫、洗濯機、机といす、テレビ台などにも使える収納は、各室に付随設備として設置した。

専有部に設けられたバスとトイレ(写真奥)
洋室に変更し、内装は白を採用。明るい雰囲気に

 専有面積に限りがあることから、共用部にトランクルームを全室分用意することで、収納力を補完している。「以前とは共用でも構わないもの、自分専用で使いたいものが変化している。収納は部屋の外でも構わないとの認識の方が多いようなので、専有部から外に出しました。専有面積が狭い部屋に比較的広いトランクルームを用意するなど、工夫しています」((株)ジェイ・エス・ビー東日本企画開発部首都圏第一営業グループチーフ・大野考宏氏)。

 従前から設けられていた食堂については、そのまま活用。テーブルといすは刷新し、新たに壁沿いにカウンター席を設け、各席のところに電源も設置。昨今のニーズを織り込んだ改変を加えている。「カウンターを設けたのは、目線を変えることで、周りの目を気にせず食事ができるための工夫です。カウンターなら一人でも食事しやすいという配慮もあります」(同氏)。平日の朝夕は、管理栄養士が監修したメニューを食堂で調理し、提供する。

使用できる厨房設備は継続使用、テーブルセットなどはすべて刷新。壁沿いにはカウンターテーブルを新設した

 建物から突き出る形で配置され、コンクリートの壁で囲まれていた共用浴場は、シアタールームに変更。壁に吸音材を施工して、大音響で音楽や映画を楽しめる空間を創出している。

シアタールーム。しっかりしたコンクリートの躯体に吸音材施工で、大音量でも外に音が漏れない

 その他、ガスコンロを備えたシェアキッチンを共用施設として用意。食事の提供がない週末やパーティ時の調理等に活用してもらえるようにしている。

 管理人用住戸として設けられていたエントランス脇は、一部を通いの管理員のための部屋とし、その他のスペースをラウンジにして、ソファなどを設置。待ち合わせや語らいなどに利用してもらえるようにした。

 こうしたきめ細やかなサービスで、特に初めて一人暮らしをする人の支持を受け、運用開始時には満室となった。

■■■■

 今回は2つの社宅・社員寮の再生事例を紹介した。従前の写真をご覧いただいただいたとおり、従前はいずれもユーザー訴求力に乏しい物件であったが、リノベーション後は、魅力的な、現在のニーズに合う物件へと変貌している。
 利用されなくなったストックを活用するのに必要なのは、現在のニーズをつかむためのマーケティング力、そしてそれを具現化するためのアイディア力であることを証明した好例と言えよう。(NO)

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