既存入居者が選択できる、3つの改修パターン
近年増えてきた1棟リノベーションの賃貸マンション。1棟リノベの場合、専有部だけでなく共用部もあわせて刷新でき、物件の競争力を合理的に上げることができるとして、手掛ける事業者も増えてきた。通常、工事の騒音発生などを踏まえ、全戸空き状態のものを取得もしくは借り上げで行なわれることが多い。入居中の物件であっても、空室は改装するが、入居中住戸の内装はそのままということがほとんどだ。今回紹介する、神奈川県住宅供給公社が手掛けた「アンレーベ横浜星川」(横浜市保土ヶ谷区、総戸数32戸)は、あえて3分の2が入居中の状態で、1棟リノベを決行。既存入居者向けに、3つの内装プランを提案することで、クレームの防止や満足度の向上につなげている。
◆築60年超で競争力が低下
相鉄本線「星川」駅から徒歩14分、JR横須賀線「保土ヶ谷」駅から徒歩16分に立地。鉄筋コンクリート造地上4階建て。2DK・37.30平方メートル。1954年築の公社賃貸住宅「桜ヶ丘共同住宅」を再生したもの。立地や家賃の面から築年数のわりには入居率は高い方だったというが、空室の長期化など徐々に競争力を失いつつあった。建物や設備の老朽化も目立ってきたことから、公社として初めての1棟リノベーションへ踏み切ることに。
「ストック活用を標ぼうしている当社として、優良なストックに対して1棟リノベに取り組みたいという思いが以前からありました。公社のストックの中では比較的立地が良く、コンパクトな同物件でチャレンジすることに。そしてせっかく実施するならば今入っていただいている皆さんにとっても満足度の高い内容にしたいと考えました」(同公社賃貸事業部課長兼設計監理課課長・水間賢治氏)。空き住戸の改修はもちろん、既存入居者に向けてもリノベ提案を行なうことにした。
◆設備交換からフルリノベまでの選択肢
既存入居者向けには、(1)フルリノベした空き住戸への住み替え、(2)現住戸のまま一時住み替えのうえ、一部リノベの実施、(3)現住戸に住みながら一部改修の実施という、3プランを用意。想定されるさまざまな入居者ニーズに応えられるようにした。
(2)では、和室から洋室への変更(床材張り替え)、給湯器および洗濯機置き場の新設を実施。先行して施工したフルリノベに一時住み替え先として提供した。(3)の場合は、(2)の洋室化以外を行なった。(1)は、新家賃での再契約としている。
全世帯に対してリノベ工事の説明や要望のヒアリングを実施。最終的には、(1)が4戸、(2)が4戸、(3)が9戸という選択状況だったという。一部住戸で退去はあったものの、ほとんどの入居者が納得の上、いずれかのプランを選択した。「工事期間は数ヵ月に及びましたが、騒音などクレームがほとんど出なかったのは、入居者一人ひとりとコミュニケーションを図ったからだと考えています。逆に『工事中は散歩してきます』とおっしゃっていただけるなど、協力的な方ばかりでした」(同氏)。入居者からは「最初は面倒だと思っていたが、改修してみると快適さが格段に上がり、提案を受けて良かった」「住み慣れた環境のままきれいな住戸に移ることができてうれしい」などの声があったという。
◆配管移動で南側に居室空間を集約
フルリノベでは、2DKから1LDKに。配管を北側に新設することで大幅に間取りを変えている。南側にあったキッチンや浴室を北側に移動し、設備も一新。北側に水回り設備を集約することで、日当たりの良い南側をすべて居室として活用できるようにしている。居室の床材は神奈川県産の杉無垢材を採用し、ぬくもりのある空間に仕上げた。
そのほか、建物全体では、外断熱工事を行なったほか、Low-E複層ガラスの採用等で断熱性能を向上。外壁は全面的に塗り直し、階段室入り口にはモザイクタイルを採用。建物全面に設置した配管をアルミルーバーで隠すことで、スタイリッシュな雰囲気に仕上げた。防犯カメラや宅配ボックスも新設する予定。
なお、残った住戸のうち8戸(フルリノベ住戸)は、月額賃料6万2,100~6万5,300円(別途共益費4,300円)で一般募集を実施。単身者、二人世帯、ファミリー世帯などを中心に入居する予定。「すべての部屋の日当たりが良い」「無垢材が気持ち良い」などと評価されたという。
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今回紹介した事例では、空室だけでなく、入居中住戸にもリノベの対象を広げることでテナントリテンション(優良入居者の囲い込み)につなげている。人口減少の中、今後ますます賃貸入居者の確保は難しくなっていく。優良入居者ともなればなおさらだ。今後の賃貸リノベは、新規入居者獲得に向けたものだけでなく、既存入居者も視野に入れることが重要になりそうだ。(umi)