普段、あまたある物件の中で、脚光を浴びることは少ないであろう築古木造の風呂なし物件。今回は、あえてこうした物件を探し出し、「銭湯」という付加価値を付けて案内に注力している仲介事業者の活動について紹介しよう。
◆銭湯好きが高じて「風呂なし物件+銭湯」のツアー開始
2018年7月、“銭湯のある暮らし”を提案する賃貸物件情報サイト「東京銭湯ふ動産」がオープンした。同サイトは、銭湯に特化した情報サイト「東京銭湯」((株)東京銭湯運営)の企画から誕生したサイトで、「風呂なし物件」や「銭湯近隣物件」など、銭湯を楽しめる物件情報を発信。仲介事業者として、リノベーション仲介を手掛ける(株)フィールドガレージ(東京都目黒区、代表取締役:原 直樹氏)が全面協力している。
「東京銭湯ふ動産」が誕生したきっかけは、フィールドガレージで売買仲介を手掛ける鹿島 奈津子氏が、銭湯好きが高じて、「東京銭湯」でボランティアライターとして活動し始めたことだった。「東京銭湯」には、デザイナーなど自身の本業を生かして活動する風呂好きのクリエイター達が多く参加しており、そうした人々の影響を受け、同氏も次第に自身の職業を生かして何か銭湯に貢献できないかと考えるようになったという。
そこで情報を集め思案するうちに、ある不動産事業者からヒントを得て、銭湯と風呂なし物件の内見をセットにしたツアーを思いついた。
「お風呂がないんじゃなくて、この物件のお風呂は“銭湯”なんだと。リノベーションを手掛ける会社にいることもあり、もともと大抵の風呂なし物件がそうであるように、昭和の味わいの残る木造モルタルの築古物件が好きでした。このツアーが実現すれば、銭湯文化を普及するとともに、そうした物件の魅力も伝えることができると考えたのです」(同氏)。
◆銭湯1件につき2~3物件をセットに
3年前よりツアーを開始した。企画する際は、まず案内する銭湯を選定した上で、その周辺の風呂なし物件をレインズで探し、銭湯1件につき2~3物件をセットに、1回2時間程度で複数個所回る。風呂なし物件は、新宿・高田馬場といった都心に残っている場合も多く、銭湯ありきではあるが、そうした物件を中心に案内できる内容を考えた。「立地を考えれば家賃は格安。都心ではまだ風呂なしがデメリットにならない事務所や倉庫といった需要があり、物件は案外見つかります」(同氏)。
「東京銭湯」上で募集しているため、参加者は銭湯に興味がある人が大半だったが、思惑通り、皆一様に立地の良さと家賃の安さに驚いていたという。そこそこの反響が得られたため、以後も継続し、2~3ヵ月に1回、開始から約2年間で9回実施。毎回、20~30歳代の男性を中心に平均15名の参加者があったという。「実施した中で一番うけたのは、自由が丘ツアーでした。“自由が丘に風呂なし物件!?”とみなさん興味津々で…」(同氏)。
◆専用サイト開設で仲介に本腰
ただし、この時点では成約に至った事例はまだなかった。ツアー参加者の中にはそもそも“風呂なし物件”というものを知らなかった人もおり、「そういう人に風呂なし物件の存在を伝えることができただけでも実施したかいがある」と考えていた同氏だが、2年経過した段階で、「東京銭湯」からの提案を受け、「もう少し本腰を入れてみよう」と専用サイトの開設を決意したという。
「『東京銭湯』内で風呂なし物件の存在が知られるようになってきた一方で、“一般のポータルサイトで探しにくい”、“不動産会社で風呂なし物件は紹介してもらえなかった”などの声も聞かれるようになっていました。それならいっそ専用サイトをつくってしまおうと」(同氏)。
こうして「東京銭湯ふ動産」がオープンした。掲載物件エリアは23区内に限定。風呂なし物件以外に、都心で増えているシャワー付き物件ほか、風呂付きでも銭湯が入居する建物内の物件や銭湯至近の物件も“銭湯が楽しめる物件”として掲載している。もともとツアーでも“女性にも勧められる物件”を基準に選別していたが、基本的にはトイレと玄関が個別についている物件を掲載対象とした。家賃はおおよそ5万円以下。
「よくあるのが6帖に3帖のキッチンという1Kタイプですが、探せば築古でもきれいに改装している、オーナーの愛が感じられるような物件もけっこうあります。中には6帖2部屋にキッチンという広い部屋や、そこそこきれいで渋谷にあるのに月額3万8,000円という掘り出し物が出ることも」(同氏)。
オープンから約1年たった現在の掲載件数は約380件までになっている。うち風呂なし物件は約250件だ。
◆ツアーも見直し、仲介実績も少しずつ
サイト開設を機に、参加者がより活発に交流できるようツアーも見直した。2ヵ月に1回開催とし、“銭湯のオフ会”という位置づけで、内見だけでなく銭湯に実際に入浴できて物件も見学できる「OFF呂会」にグレードアップ。参加者は20~25人に増加した。
これらの結果、物件の反響は、この1年で問い合わせが約50件、そのうちの2割程度が成約しており、徐々に成果が見られるようになってきている。
こうした活動を聞きつけた物件のオーナーから、少しずつ掲載の申し出も来るようになった。併せて物件の内見ツアーを依頼されることもあり、5月にはこうしたオーナーの要望を取り入れ、谷中のまち案内を組み合わせたアレンジツアーも実施したという。
「急遽、谷中にくわしい人を募集したりして、新たなつながりもできました。今後もこうしてオーナーやその周辺とのつながりを増やして、活動や提案の幅を広げていければ。銭湯は組合の規制があるので難しい面もありますが、理想を言えば、ゆくゆくは銭湯や物件オーナーと協力して、銭湯を利用する際になんらかのサービス特典を提供するなど、独自のサービスが考えられるようになればいいなと思っています」(同氏)。
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取材で訪れた「東京銭湯」の事務所は、原宿駅から徒歩10分程度というまさに都心の風呂なし物件。2階建てのアパートで、東京銭湯は事務所利用だが、住んでいる人もいるようだった。「こんないい場所にこんな物件があるんですね」と思わず口に出たが、当然、それを狙っての立地だ。フィールドガレージが築古の雰囲気を生かしてリノベーションしており、昭和の雰囲気や立地を考えれば「お風呂がなくてもこういう物件に住みたい若者はいるだろう」と十分感じられる物件だった。今後、オーナーとのつながりができれば、リノベーション提案の見本としても使えそうだ。風呂なし築古物件がおしゃれ!という時代がいつか来るのかも⁉(meo)