驚愕の「住戸面積5平方メートル」賃貸
高度経済成長期、上京してきた若者や独身サラリーマンの住まいといえば「三畳一間のアパート」が定番だった。それから半世紀以上が経った令和の時代、シェアハウスでさえ一部屋4畳は常識の世の中に、なんと「住戸面積5平方メートル」という賃貸マンションが存在していた。なぜそこまで狭いのか、その狭さに果たして「正義」はあるのか?実際に物件を見学することが出来た。(物件を特定できないよう一部に修整を加えてあります)
3階建ての建物にポストが27個
8月の終わり、懇意にさせていただいている不動産仲介会社社長のSNSの投稿に目を奪われた。「TOKYOの恐ろしさを目の当たりにしてしまいました…」というコメントに添えられたワンルーム賃貸マンションの募集図面。そこには「住戸面積5.58~5.76平方メートル」とあり、まるでテトリスのブロックのような間取りがいくつか載っていた。
5坪(約17平方メートル)ではない、5平方メートル!である。キッチンはないが、シャワールーム兼トイレは付いており、居室表示は「2.5畳」である。短くはない私の記者人生の中で、これほど狭い住戸は見たことがない。しかも、完成はリーマンショック直後の2008年、わずか築11年だ。
「見学してみますか?」という社長の誘いに、一も二もなく手を挙げ、同業者と3名で見学することとなった。社長はすぐに見学の日取りを調整してくれたが、募集していた7部屋のうちすでに5部屋が埋まっていたことにも、驚きを隠せなかった。
山手線を代表するターミナル駅から徒歩10分、最寄りの地下鉄駅からも徒歩2分。近くには著名な大学やコンビニもあり、利便性は申し分ない。建物周辺は戸建てやアパートが立ち並んでおり、幹線道路に近いが環境はいい。3階建ての建物はすぐわかった。コンクリートの打ち放し。敷地いっぱいに建てられているが、パッと見ておかしな感じはしない。ただ、敷地の余白は雑草が生い茂り、建物にも蔦が伸びる。建物の手入れは悪いようだ(管理会社は巡回、ごみの収集も行なっている)。
建物周囲に給湯器が7台。建物の大きさからすればこんなものだろう。だが、建物正面の巨大な水道メーターと、エントランス脇の郵便ポストの尋常ではない数が、この物件の異様さを予感させた。給湯器7台に対し、ポストは「27個」である…。
内開きの玄関。ベッドすら置く場所なし
エントランスのオートロックを解除して中に入る。すれ違うのがやっとの廊下が奥へと伸び(あとで計測したら幅95センチ)、廊下の長さにしては多すぎる玄関が両側に並んでいる。まるで刑務所のように。反対側とはわずかにオフセットされているが、同時に人が出てきたら間違いなく干渉するだろう。
廊下を突き当りまで歩いて、住戸へたどり着く。「この住戸が、一番条件が悪いようですね」と話す社長。それは「1階の一番奥」だからだと思っていたが、玄関扉を開け初めて意味を理解した。前の住戸と干渉しないよう、この住戸は「扉が内開き」なのである…。
扉を開けた第一印象は「広い玄関だな」。もちろん視覚のいたずらだ。三和土はなく、すぐ居室。見えているものが全てである。天井と壁3方は、夏でもなお冷え冷えとした、むき出しのコンクリート。1面だけアクセントクロスが貼ってあり、エアコンとインターフォン、アンテナジャック、コンセント3つが備わる(つまり、この面だけ裏地ボードが貼ってあるわけだ)。わずかに開口する片開き窓は、網入りのすりガラス。窓を開けるとすぐ隣地だ。カーテンレールもない。
居室は長辺が220㎝、短辺が156㎝、天井高235㎝。記者では横向きに寝られない。縦方向に布団は敷けそうだが、玄関扉が干渉し敷き放しで外に出られない。クローゼットや押し入れもないから、畳んだ布団は寄せて置くしかない。玄関が外開きであれば、無理やり小ぶりのシステム家具を入れることもできよう(実際、別の住戸向けに管理会社が家具の提案をしていた)が、この住戸では無理。ベッドはおろか、家具家電もまともに並べることはできまい。
シャワールームに目をやると「普通の大きさ」と感じる1畳大だが、その中心には便座が鎮座しており、普通にシャワーを浴びたら、ペーパーホルダーはびしょ濡れだ。シャワートイレはついていない。ついていたら間違いなく感電する。
見学開始時にエアコンを入れたら、あっという間に冷えた。しかし10分もしないうち空気がよどみ、人いきれで苦しくなってきた(一応、小さな換気スリットはある)ので、部屋を出て共用のキッチンとランドリーを見ることに。キッチンは、2階と3階廊下の突き当りに1台ずつ。IHコンロ1台とシンク、電子レンジは雨風にさらされ、経年以上に痛んでいる。まともに使われている形跡はない。ランドリーは3階階段脇にたった1台。全世帯が洗濯乾燥するには、まる2日かかることになる。
以上、見学終わっての正直な感想は「どこをとっても、まともな生活が営める住まいではない」である。
「事務所」で建てて「住宅」として貸す「卑怯なコウモリ」
さて、この珍妙な超狭小ワンルームの入居条件は、以下の通りだ。
「月額家賃4万2,000~4万3,000円。共益費2,000円、水道光熱費3,000円」「敷金・礼金なし」「短期契約可能。フリーレント1ヵ月、12か月未満の解約は違約金2ヵ月」。社長によると、坪単価は周辺の同築年賃貸マンションと同等だという。
見学しながら3人でディスカッションしたが、誰もがまともに人が住んでいるとは信じられなかった。「貧困ハウス?」「居室の立体利用ができないので効率悪いなぁ」「会社登記のための間借り?SOHO?」「都心好立地に、もっと安く借りられるシェアオフィスがあるよ」「トランクルーム代わり?」「普通にトランクルームを借りたほうが安いし便利」となかなか答えが出ない。そんな最中、コンビニ袋をぶら下げたサンダル履きの「入居者」とすれ違った。生活感があり「仕事」している身なりではない。間違いなく人は「住んで」いるようだ…。
問題は、とてもまともな住まいにはなりそうもないこの建物が、どのような経緯と狙いで建てられたかということだ。
投資効率を最大限にまで引き上げた建物であることは間違いない。現地は一見住宅地だが、幹線道路が近いため用途地域は「商業(防火地域)」、建蔽率80%容積率500%だ。この土地を見つけた投資家は、ほくそ笑んだことだろう。償却期間がたっぷりとれる防火のRC建物を容積目いっぱいに建て、原状回復の手間もいらない居室を作れるだけ作り、居住性は二の次、利便性第一のアドレスホッパー相手に、短期・高回転で回収する、という投資家の狙いが透けて見える。08年といえば、シェアハウスブームの前。コミュニティスペースを作り、付加価値で高い家賃設定にしようなどという考えも皆無だったに違いない。
一方で疑問も湧く。居室面積5平方メートルでは、居住用建物の最低居室面積を7平方メートルと定めている東京都の建築安全条例に抵触するからだ。その疑問は社長が解決してくれた。「この建物は、“事務所”で確認申請しています!募集図面にはSOHO利用可能と書いていませんが、SOHO物件サイトにも広告を出しています」。
「事務所」として建物を作り、それを隠しながらしらっと「住居」として募集する。違法だと問われたら「いやいや、あくまで事務所ですから」と言い逃れる。それが、この建物の正体だ。シェアハウスが問題になる前だから、行政もチェックが甘かったのではないか?
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オーナーに取材できたわけではないので、建物の狙いや遵法性についての正否は分からない。実際、稼働率は高そうだし、家賃の低さか、利便性かわからないが、ユーザーにも支持されていることから、この「狭さ」にある種の「正義」があることは認めよう。
だが、人の生活の拠り所として、快適な住まいを提供するという不動産オーナーとしての使命と誇りは、この物件からは微塵も感じられない。この物件には、住む人が幸せになるというオーラが全くない。10分いるのも苦痛な部屋に、たとえ「寝るだけ」でも帰ってきたいと思うだろうか?冷蔵庫も置けない、まともな料理もできないでは、毎日が外食かコンビニ弁当だ。家賃を抑えても、むしろ生活費はかかるのではないか?友達を呼べるような広さもない。夜や休みは、一人寂しく床に寝ころびスマホで動画でも見るのか?。どう妄想しても、不幸しか見えてこない。
住まいは、入居者の人生を幸せにすべきものだ。この物件のオーナーは、いずれ「卑怯なコウモリ」のような目に遭うはずだ。人の人生を踏み台にする錬金マシーンのような賃貸住宅は、1日も早くこの世からなくなってほしい(J)。