記者の目 / 開発・分譲

2019/10/15

すべてのカップルが手をつなげるホテル

 この夏、家族や友達、恋人と旅行を楽しんだ人も多いのではないだろうか?(株)JTBの調査によると、2019年7月15~8月31日のピークシーズンは、国内旅行人数が前年比から18万人減の7,435万人。一方、海外旅行人数は10万人増え、299万人となったという。海外旅行者増加の要因は、LCCの定着なども考えられるが、中には「国外旅行を選択せざるを得ない」家族、カップルの存在もあるのだと、日本初のダイバーシティホテル「CEN DIVERSITY HOTEL & CAFÉ」(東京都新宿区、客室数44室)の誕生により、知った。

「CEN DIVERSITY HOTEL & CAFÉ」外観イメージ

◆別々に寝ることを勧められる恋人たち

 「CEN DIVERSITY HOTEL & CAFÉ」は、(株)レジデンストーキョーが7月20日にオープンしたホテル。JR山手線「新大久保」駅から徒歩5分。敷地面積約476平方メートル。地上4階建て、延床面積787平方メートル。客室面積は11.5~14.15平方メートル。宿泊料金は1部屋当たり1万2,000円程度。
 駅近で、ただし新大久保のメインストリートからは一本逸れている、にぎわいと安心感が両立した観光拠点とするにはもってこいの立地だが、同ホテルのメインターゲットにとってはそれ以上の価値がホテルのコンセプトにあるという。

 それは、“百人百様の生き方を尊重し、人種や国籍、宗教、性別に捉われず、すべての人に寄り添う”という、ダイバーシティをテーマにしたもの。中でもLGBTフレンドリーの考え方を重視している。

 

 さて、同ホテルについて知る前に、皆さんは「LGBTツーリズム」なる言葉は知っているだろうか?近年「LGBT」は、世界的にその認識が高まり、以前のように隠れた存在ではなくなった。それにより、新たな消費者セグメントとしてマーケットにも注目が集まっているが、「LGBTツーリズム」もそうした背景から生まれた造語だ。言葉そのまま、「LGBTを対象とした観光」を示す。その市場規模は世界で約23兆円にもなるという。

 ただし、記者もこの2年ほどで新規開業したいくつかのホテルを取材してきたが、恥ずかしながらその言葉を聞いたことは無く、おそらく日本において「LGBTツーリズム」の認知度は低いことが予想される。

 実際、同社代表取締役社長の野坂幸司氏が同ホテルの開発に当たり情報を収集していると、特に男性同士のカップルは国内旅行をすると、「男性2人でダブルでおやすみですか?」と聞かれたり、ツインを勧められることが多い現状を知ったという。「宿泊先のオープンスペースでも人目を気にして恋人らしく振舞えず、窮屈な思いをすることから、国外旅行を選択せざるを得ないという方もいるようです」(野坂氏)。

◆デザイナーにも当事者を起用

 そんなカップル達も安らげる施設を作るべく、「LGBTへのホスピタリティ」を重視した同ホテル。施設デザインの計画段階から、ゲイのデザイナーを起用。当事者の意見を取り入れながら、ファサードに高い壁を設置し、外から直接入ってこられる中庭のカフェスペースにも目隠し効果のあるオーニングを設置するなど、外界からの視線を遮断できるように工夫した。 

 実際にホテルの中に入ると、中からも外の様子が伺いにくく、やや閉鎖的な雰囲気を感じたが、全面がテラススペースになっている屋上まで出れば、開放感も得られる。

外観。高いファサードを配している
宿泊者が自由に利用することができる屋上テラスに行けば、開放感が得られる

 また、客室は初めからダブルオンリーにした。これなら宿泊客も、「一緒に寝るのか」と聞かれたり、別々で寝ることを勧められる不安もないだろう。

客室。テラスや、中庭のカフェスペースが充実させる分、内装や設備はシンプルに

◆Ms.もMr.も無し

 ソフトサービスも、バックオフィススタッフからサービススタッフまで、同ホテルに関わる全従業員を対象としたLGBT研修を実施し強化。LGBT研修・マーケティングを行なう(株)アウト・ジャパンに依頼し、LGBTに対する周辺環境の変化の歴史や、喜ばれるサービス、言葉遣いを1日がかりで学んだ。「性別が関係する言葉は使わない。例えば、インバウンドに対してもミズやミスターを用いず名前で呼んだほうが良いなど、はじめて知ることがたくさんありました」(同氏)。さらに、LGBTの就活プラットホームである「JobRainbow」を通じて、LGBT当事者の雇用にも取り組んだ。

 ホテルの開業セレモニーには、アウト・ジャパン代表取締役の小泉伸太郎氏や、JobRainbow代表の星 賢人氏、また、LGBTA(※)がおかれている環境の改善にとりくむフルーツ・イン・スーツ代表のローレン・ファイクス氏もゲストとして参加した。いずれも、自身がLGBTの当事者だが、「超都心の観光立地であることはもちろん、新宿二丁目への近さがとてもうれしい」、「LGBTは人と接する仕事を避けがちだが、同ホテルがオペレーションスタッフとして活躍できる場になれば」など、口々に期待感を示した。

 開業から約3ヵ月。夏休みシーズンも過ぎたが、同ホテルは高稼働を維持している。欧米、アジア、中東、オセアニアなど多様なインバウンドが訪れるため、日韓関係等の影響があった8月は一時的に稼働率が落ち込んだものの、9月、10月は80%以上の稼働(予定含む)を誇る。LGBTの顧客は5%程度だが、「あくまでもLGBTに限定したホテルではなく、LGBTも含む誰もが安心して泊まれるダイバーシティなホテル」として、今後も幅広い層に訴求していくという。

(※)LGBTA:レズビアン(Lesbian)、ゲイ(Gay)、バイセクシャル(Bisexual)、トランスジェンダー(Transgender)に、ALLY:(味方の意:LGBTをサポートする人)を合わせた言葉

***

 LGBTカップルの部屋探しをサポートする動きが不動産仲介会社の間で活発化しており、「日本でも理解が進んできたのだな」と考えていた矢先に、旅行面での課題を知った。同ホテルの誕生は、日本のLGBTツーリズムの大きな一歩だが、「外からの目」をシャットアウトするホテルのデザインは、裏を返せば日本におけるダイバーシティの浸透の低さを表しているのではないだろうか。
 来年は東京2020オリンピックが開催され、インバウンドが急増する見込み。さらなるグローバル化が進む中で、「インバウンド」「日本人」というターゲットの分類も変化すべきなのかもしれない。
 「和食」、「アニメ」、「電化製品」と並ぶ日本の魅力は、「おもてなし、ホスピタリティ」だと、多くの日本人が感じていると思う。今こそ本領を発揮し、世界の誰もが安心して旅行できる環境を整え、大きなマーケットの獲得につなげていくことを期待したい。
(お清)

【関連ニュース】
日本初、LGBTフレンドリー特化のホテル」(2019/7/16)

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