記者の目 / 開発・分譲

2024/1/26

板金職人が取り組む商店街再生

空き店舗をモノづくりの発信拠点に

 少子高齢化の進展やユーザーの消費行動の変化により、全国各地の「商店街」がどんどん活気を失っている。そんな商店街を何とかしたいと、地元で長年営業を続けてきた「板金」職人が立ち上がった。同じ地域で活躍する工務店、はては世界的に有名な「あの」建築家をも巻き込んで、商店街の建物を再生。地域交流の拠点として、手仕事、モノづくりの発信拠点として使っていくという。

板金職人の匠の技と世界的建築家のタッグで生まれた「和國商店」

寂れる商店街と手仕事職人の将来に憂い

 金属の板をさまざまに加工して、屋根や壁、雨どい、軒天、水切りなど、主として建物を風雨から守る雨仕舞を施す「(建築)板金」。東京都東村山市やその周辺地域を地盤に、この建築板金業を80年以上にわたり手掛けてきた(株)ウチノ板金。同社を率いる若き社長の内野友和氏は1979年東村山市に生まれ、18歳で先代である父親に弟子入り。数十年にわたりこの地で家業に勤しんできた。その同氏が気になっていたのが、地元の「青葉商店街」の衰退ぶりだ。

 西武新宿線「久米川」駅からバスで10分、戸建住宅やアパートが立ち並ぶ東村山市の住宅街を貫く「青葉商店街」は、1960年代に開発された。全盛期には80店舗以上が営業していたが、経営主の高齢化などで閉店する商店が増え、今も営業しているのは5店あまり。シャッターを下ろしたままの空き家(いわゆる下駄ばき店舗)ばかりとなった。

 そんな空き家の一つである元タバコ屋には、同氏の思い出が詰まっていた。「小さな頃、オヤジ(先代社長)に言われよくタバコを買いに行かされました。その建物が、シャッターを下ろしたまま放置されている。この地で仕事をしていく中で、地域の方々とたくさん関わり、コミュニティの大切さを実感していました。いつかは私を育ててくれたまちに恩返ししなければと思っていました」(内野氏)。先立つ考えはなかったが、とにかく何とかしたいと所有者に交渉し、その建物を取得した。

青葉商店街の一角にある店舗兼住宅は、店主が廃業した後も長年放置されていた。商店街にはよくある光景であり、青葉商店街も営業中の店舗はごくわずかだ

 その再生方法を考えていく中で、同氏がもう一つ何とかしたいと思っていたのが、自らの生業である「板金」をはじめ、木工家具、陶器、食器などを手仕事で作り上げる職人の地位向上だ。どの職人も、機械では代替できない「匠の技」を持っているが、労働環境は厳しく、報酬もさほど高くない。故に継ぎたい若者が減り、高齢化が進んでいる。
 だが、こうした「匠の技」は、実は世界レベルでは広く認知されつつある。同氏も、板金技術を使った工芸品ブランド「和國商店」を立ち上げ、その作品と技術はヨーロッパでのワークショップ等を通じて広く認知されるようになった。「私のような手仕事職人がモノづくりの魅力を発信できる場所にしたい。そこで、人と人との交流が生まれ、また新たなチャレンジが生まれれば、商店街ににぎわいが取り戻せるのではないか」(同氏)という基本コンセプトが固まってきた。

「折り鶴」が橋渡しした世界的建築家との縁

世界的建築家である隈研吾氏(左)と、板金加工の若き匠である内野氏。偶然の出会いから、プロジェクトが大きく動き出す

 そんな同氏の想いに共鳴し、助力を快諾したのが、世界的建築家の隈研吾氏だ。

 二人の出会いは2022年、本当の偶然からだった。内野氏の同業者が協業する隈氏と懇談した際、内野氏の代表的プロダクトである「板金で作った折り鶴」をプレゼントしたところ、その精緻な加工技術に隈氏が感動。面談の機会を作ってくれることに。そこで、内野氏は商店街の建物を地域再生の場所、手仕事職人の魅力発信の場にしたいと猛アピール。隈氏もこの想いに賛同し、快くデザイン監修を引き受けてくれたのだという。「日本にいるとわからないが、日本の板金技術は世界一。とくに内野氏のプロダクトは、(平面を覆うことが多い)板金を立体的に加工するアプローチが面白い。古い建物を使うというのも、その時間や懐かしさを手に入れられるのでいい」(隈氏)。

和國商店を代表するプロダクトである「折り鶴」。1枚の真鍮板や銅板を折り曲げて、折り紙の鶴を再現している。「折り目」が付いているが、折り紙とはまったく異なる加工で折り鶴を再現している。熟練の職人でも1時間かかるという。この精緻な板金加工を見た隈氏が内野氏に興味を持ち、同氏の熱意に打たれ協業が実現した

 隈氏が加わったこともあり、建物デザインや内装に想像もできない提案がされるかもしれない。さらには、築51年という古い建物を現代水準に再生する技術も必要になる。そこで内野氏は、同じエリアで建築事業を手掛け、何度も協業し、また築古建物の「性能向上リノベーション」で実績がある岡庭建設(株)(東京都西東京市)に、建物再生を依頼した。「同じ地域の業者がその地域の建物を再生することで、地域の経済が循環することに意味がある」(内野氏)という狙いもあった。そして、地域の匠の英知を結集し、世界的建築家がデザインした「商店街の建物再生」が始動。物件取得から1年強かけ、2024年1月無事に完成の運びとなった。

「板金」の概念打ち破る立体造形のファサード

 完成した建物「和國商店」は、カフェとして営業。その合間を縫って、ワークショップなどを開いて職人たちのモノづくりを発信していく。何より目を引くのが、「緑青銅板」を五角錐に板金加工し貼りつけたファサード。「板金は平面(せいぜい波板加工くらい)」という、我々の常識を打ち破ってくる内野氏のアイデアだ。

 加工した銅板は、広島県の神社の塀の屋根に60年程度使われていたもので、経年により一つとして同じ色が無い。それを譲り受け、ウチノ板金の職人が手分けして五角錐のユニット700枚を製作。隈氏が並べ方や位置を指定した。一枚ごとに色つやが異なるのはもちろん、見る角度や天気により表情が変わり、今後は経年で表情が変化していく。

立体加工された銅板700枚余が取り付けられた建物。熟練の職人が流れ作業で銅板を立体的に加工するが、それでも1日5個つくるのが精いっぱいだったという
広島の神社の塀(の屋根)に使われていたという銅板を同業者を通じ偶然入手。隈氏は配色の指定に加え「屋根やベランダ、窓に浮いているように銅板を貼る」よう指示したという

 この実現のネックとなったのが、実は「雨仕舞」だ。それぞれのユニットは釘が見えないよう壁に取り付ける(ハゼ葺きという技法らしい)が、ユニットそのものに雨仕舞の機能がないため、壁に雨が浸み込んでいく可能性がある。「そこで、本来の壁の上にさらに別の防水壁を設け、そこに取り付けています。これにより、万一雨が侵入しても手前の壁を伝って下へ流れていきます」(岡庭建設専務取締役・池田浩和氏)。建物自体は、経年による老朽化が目立ったため、スケルトンにしてインスペクション。傷んだ柱や梁、基礎を修復し、新たに柱梁を足すなどして耐震強度を確保。屋根と壁に断熱材を施工し、断熱性能を高めた。室内壁は黒の漆喰仕上げ。軸組構造がわかるよう、柱梁はあらわし仕上げだ。

 コーヒーショップのカウンターや収納、テーブル、ランプシェード、トイレサインなどの金属部分は、真鍮を板金加工したもので、覆い金色に光り輝く。「隈氏の指示により、ピカピカいやらしい光り方をしないように、表面はバイブレーション(研磨加工)しました」(内野氏)。ランプシェードは、隈氏がデザインしたものをウチノ板金がらせん状に真鍮を加工した。「一枚の板を折り曲げて作れと言われて…なかなかハードルが高かったです(笑)」(同氏)

スケルトンからリノベーションされた店内。使える柱梁は再利用したうえで補強を加えている。築50年を超えた建物は基礎まで傷んでいたが、地元の匠、岡庭建設が現代水準の建物へと再生した。1階はカフェとして営業するほか、和國商店の商品をプロモーションする
真鍮を板金加工し、カウンターや収納を覆っている。そのままだと光り方がいやらしくなるため、ワザと研磨加工して光りを押さえている
2階はミーティングやワークショップで利用。室内壁は黒の漆喰仕上げ

 こうしたインテリアだけでなく、店内にある椅子やテーブル、食器などは、内野氏の取り組みに共鳴した職人の手仕事したものを使っている。内野氏と隈氏を結び付けた「折り鶴」やアニマルヘッドといったウチノ板金の作品も展示されている。

店内の金属部分はほぼすべて板金加工したものを採用。洗面所のボウルも金色に輝く
ランプシェードは隈氏とのコラボ。隈氏は「真鍮板1枚を折り曲げて作るように」と指示。内野氏にして「なかなか大変なオーダーでした」とのこと

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 1月18日に行なわれたお披露目会には、「世界の隈研吾氏」が参加するとあって、地元・東村山市長の渡部 尚氏もわざわざ駆け付けた。商店街の小さな空き家(延床面積51平方メートル)の改修披露としては異例であり、その期待の大きさがわかる。渡部市長は「世界の隈研吾氏が商店街の小さな建物のデザインを手掛けると聞き、“のけぞるほど”ビックリした」と素直に語り「地域の事業者が地域の建物を再生し、新たな人と人との出会いの場所となり、地域で経済が循環する。この取り組みは新たな地域再生のモデルになるはずで、持続可能なまちづくりを目指す当市でも期待している」と話した。隈氏も「このプロジェクトは規模こそ小さいが、日本の再生にとって明るい光になると感じている」と期待を込めた。

 もちろん「和國商店」の建物一つで商店街のにぎわいを変えるのは、いくらなんでも難しいだろう。それでも、世界と一つにつながる「職人の匠」がフックとなり、さらなる再生の機運が生まれることを期待したい(J)。

建物正面に置かれたベンチ、座面は旧国立競技場で使われていたもので、内野氏の私物。新国立競技場をデザインした隈氏との不思議な縁にちなみ、脚を板金加工で作製し、設置したのだという

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