海外トピックス

2011/7/20

vol.183 アメリカ版「縁台」

家の正面に置かれた椅子だが、飾りという感じでもない(イリノイ州シカゴ市。以下同)
家の正面に置かれた椅子だが、飾りという感じでもない(イリノイ州シカゴ市。以下同)
家の人としゃべったあと、ちょっとひと休みしている隣人
家の人としゃべったあと、ちょっとひと休みしている隣人
「どうぞ立ち寄って下さい」と、人々を迎え入れる感じに置かれた椅子
「どうぞ立ち寄って下さい」と、人々を迎え入れる感じに置かれた椅子
子供用の椅子が微笑ましい
子供用の椅子が微笑ましい
屋根の下のベンチやテーブル、星条旗などはポーチを思い起させる
屋根の下のベンチやテーブル、星条旗などはポーチを思い起させる
古い建物に良く見かけるポーチ(インディアナ州ブルーミントン市)
古い建物に良く見かけるポーチ(インディアナ州ブルーミントン市)

古き良き時代、人々の交流の場だった縁台

蚊帳(かや)と同様、現代の暮らしの中ではめったに見られなくなってしまったものに「縁台」がある。昭和の昔にあった、路地を入ると家の前に縁台が置いてあり、軒先には植木鉢が所狭しと置いてある情景だ。風呂帰りに縁台に腰をかけてちょっと夕涼みをしたり、近所のおじさん達同士で将棋をさしたり…、縁台は郊外では見かけなかったから、どの地域にもあったわけでは勿論ないが、それでも多くの町で縁台は人々の交流の場だったと思う。 縁台は、木製の長椅子で、背もたれがない。最近、日本の広告で“マンションのベランダ用縁台” というのを見てびっくりした。調べるとこの縁台は確かにマンション用でベランダに置かれる。近所の人達との交流を果たしてきた昔の縁台とは、モノは同じでも置かれる場所が違って、近所付き合いよりはむしろプライバシーを守る現代の暮らし方が目に浮かぶ。

えっ! アメリカの住宅の玄関先に縁台が…?

ところが、プライバシーを尊重するはずのアメリカで、室内ではなくて正面入り口わきに椅子をいくつか置いている家が非常に増えた。はじめは、郵便配達や宅配の人がちょこっとひと休みできるようにとの思いやりかな?と考えていたのだが…、そうでもなさそう。かといって単なるデコレーションというわけでもない。雨にぬれてもどうということのないプラスティックの平凡な椅子が多いのだ。 すると、先日、近所の人達が腰をかけて家の人としゃべっているのを目撃したのである。お年寄りがひっそりと座っているのも見かけた。子供達が椅子のまわりに寄り集まって遊んでいる時もある。これらの椅子は日本の縁台と同じ機能を果たしているのかもしれない…?

昔の住宅は玄関わきのポーチが当たり前だった

もともとアメリカの住宅の多くは正面玄関に「ポーチ」が取り付けられていた。屋根から深いひさしを出し、張り出した屋根の下の部分に床をはって椅子やテーブルを置きくつろぐスペースで、室内とも戸外とも言える。そういったデザインの住宅が圧倒的に多かったのである。 年配の方々にうかがうと、以前はポーチつきの家には椅子やテーブル、ロッキングチェア、ぶらんこまで吊るしてあってポーチはいつも賑やかだったそうだ。通りがかりの人達とおしゃべりしたり散歩する人に声をかけたり…。ポーチがないアパートなどでは、建物の入り口付近にベンチや椅子をいくつか置いて、隣人達や出入りの人達とおしゃべりを楽しんだという。

今は、ポーチの替わりに防犯カメラが

しかし正面ポーチはいつしか姿を消した。いまの新しい住宅には正面ポーチは取り付けられていないデザインが普通だが、ポーチ部分を減らせばそのぶん室内面積を増やすことができるから、省かれるようになったのかもしれない。 また、現在では、どこの家庭でもクーラーがあり、ポーチで涼む必要もなくなった。アパートは防犯カメラがベンチに替わって正面入り口付近に置かれている。人々は室内からガレージへ直行。車で出かけてしまうので、隣近所の人達と立ち話をする機会さえないのが現実である。掃除や芝刈り、庭の手入れは代行業に依頼するので、住人の姿さえみかける機会も少ない。 縁台がなくなったのと同じように、アメリカにもさまざまな社会の変化の波が押し寄せたのだろう。

アメリカの縁台は、家々の「ウェルカム」のしるし?

だからこそ、これらの椅子は不可解で目を惹いたのである。椅子を正面玄関あたりに出している人達に、なぜ裏庭ではなく正面玄関に出しているのかときいてみた。 「裏庭はひとりだけだし風景にも何一つ変化がないけれども、ここでは散歩する人や通り過ぎる車を眺めるのが楽しいから」とミラー夫人。また、年配の方達に限らず、若いお母さん達が一緒に椅子に座り歩道で三輪車をこぐ子供達を見守っている時もあった。 裏庭は隣と塀で遮断されているが、前庭は開けていて誰もが気軽におしゃべりする。謎解きの答として、これらの椅子は「ウェルカム」の “しるし” とは考えられないだろうか? 社会情勢が変わり、一軒一軒、安全とプライバシーを守るために肩をいからせてしまっても、どこか一カ所に風通しの場所を作っておく。そして精神的な孤立化を防ぐ。 これらの椅子から“どうぞ気軽に寄ってね” そんなつぶやきがきこえたのである。


Akemi Nakano Cohn
jackemi@rcn.com
www.akemistudio.com
www.akeminakanocohn.blogspot.com

明美コーン

コーン 明美
横浜生まれ。多摩美術大学デザイン学科卒業。1985年米国へ留学。ルイス・アンド・クラーク・カレッジで美術史・比較文化社会学を学ぶ。 89年クランブルック・アカデミー・オブ・アート(ミシガン州)にてファイバーアート修士課程修了。 Evanston Art Center専任講師およびアーティストとして活躍中。日米で展覧会や受注制作を行なっている。 アメリカの大衆文化と移民問題に特に関心が深い。音楽家の夫と共にシカゴなどでアパート経営もしている。 シカゴ市在住。

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