ライラックという美しい名のアーティストがいる(Lilach Schrag)。
彼女はアーティスト達に呼びかけ、「アート合宿」を計画、実行した。ライラックの意図に賛同したアーティスト6人がウィスコンシン州の宿舎に集合。5日間の合宿期間中、昼間は個々に制作活動に集中し、夜は各自の作品を紹介し合ったり、アートについて議論を戦わせたりして創造的な時間を共有した。
いつも驚くのだが、ライラックのようにアイディアを生み出すだけでなく、フットワークも軽く果敢に行動に移す女性達がアメリカにはさまざまな分野にわたって結構多いのである。
森の中で数日間アートに浸る
シカゴからハイウェイを時速110kmでとばして北へ4時間、ウィスコンシン州の森と湖の多い田舎町に着く。パールスティンリゾートと小さく書かれた表札を左に折れ、鬱蒼とした森林のなか、雪と氷に覆われた小道を辿る。建物の前で車を停めるが、どこも静まりかえっている。 ライラックが出迎えてくれ、車から荷物を部屋とスタジオに運び込む。ここは広大な敷地に宿泊設備が点在するリゾート地区で、記念パーティや結婚式、会議場として沢山の催しが行なわれ、夏は子供達のサマーキャンプで賑わうそう。 ライラックは宿泊客のいない数日間を選び、1階の図工室や集会室を各自のスタジオに当てるよう手配した。自由に創作活動に専念できるよう配慮
夕方には全員が揃う。織工芸家、画家、彫刻家、染色家、そして詩人など多様である。夕食は各自持ち寄り。「私は海老と豚は食べない」「チーズはだめ。アレルギーがある」「クラムチャウダースープを持って行くけど?」「サラダを用意します」「私はフルーツを」「玄米とワイルドライスはどう?」「では私は食後のクッキーを焼いていくわ」。事前にメールを廻し合い打ち合わせ済みの料理の数々が並ぶ。 初対面同士にもかかわらず陽気でかしましく、ロビーの高い天井に笑い声が響き渡る。朝は何時に起きようと自由、規則はない。ライラックが持参したシリアルや果物、トーストなどキッチンで各自朝食をとる。コーヒーや紅茶は常時キッチンに用意してある。午前中は全員スタジオにこもる。昼食はサンドイッチを作ったりクラッカー、果物などをつまむ。 森に散歩に出ると、いくつかの散歩道が枝分かれしている。凍った湖を眺めながら歩く。鹿が家族連れで顔をのぞかせる。夕食は昨夜の残り物で済ますことに全員同意。翌々日はライラックが町でチキン唐揚げを買って来た。スタジオで過ごす時間を最優先にして、料理に煩わされないための配慮である。ライラック流「アーティスト・イン・レジデンス」を実現
ライラックはイスラエルで生まれたが、アメリカ人と結婚してアメリカに移住、美術教師をしている。数年前にアーティスト・イン・レジデンス (Artist-in-Residence)としてメイン州に滞在。その素晴らしい体験が忘れ難く、多くのアーティストと分かち合おうと、計画を練り始めたのである。制作に集中出来る時間を持つことと、互いに作品を評価したり意見を交換し合う、この2つが目的である。 真剣にアートに取り組んでいるプロフェッショナルのアーティストに声をかけ、昨年の夏、ミシガン州で第1回目のアーティスト・イン・レジデンスプログラムを開催した。同プログラムはアーティスト育成を目的として非営利団体か公的機関(文化庁のような)が通常行なう。以前紹介した「ラグディール」はアーティスト・イン・レジデンスプログラムで広く知られている(vol.224、vol.225、vol226、vol.228)。 アーティストに宿舎とスタジオ、食事を提供し、自由に制作させる。ヴィジュアルアートに限らず、文学や音楽、演劇にも門戸は開かれているが、選考基準が高く、選抜されるのは容易ではない。ライラックの試みは自分で宿泊代を支払う分だけアーティストの負担になるのだが、アート合宿としてともかく実現させてしまった。ライラックの実行力に脱帽!自然から得たインスピレーションで、各自が作品を完成!
ライラックは十数人のアーティスト達に声をかけたというが、自分のスタジオを持っている人も少なくないし、わざわざ長距離をドライブしたり、宿泊代(1泊1万円)を払ってまで…、と参加を断わった人もいれば、ライラックの方から断わった人もいたという。だが、互いにスタジオを訪ね合って、自分とは違う媒体や、試行錯誤のプロセスを観察するのは楽しみのひとつでもあり、視野を広げるよい機会でもある。 ライラックはウィスコンシンの自然からインスピレーションを得て、スタジオの天井から布を吊ってペイントしスタジオに設置した。パメラ(織工芸家)は森から草や小枝を集め、スタジオで煮つめて布や糸に染め分けたが、森の繊細で美しい植物の色調が見事に表現された。 詩人のジュディは「6人の強い女性達」という詩を書いた。ジョイスは陶土で彫刻を。スーザンは進行中だった大きな絵画を完成させた。 それにしても社会人になると、雑事が多く、アートと真剣に向き合う時間は自分で努力して作らない限り、ない。貴重な一週間であった。
Akemi Nakano Cohn
jackemi@rcn.com
www.akemistudio.com
www.akeminakanocohn.blogspot.com
コーン 明美
横浜生まれ。多摩美術大学デザイン学科卒業。1985年米国へ留学。ルイス・アンド・クラーク・カレッジで美術史・比較文化社会学を学ぶ。
89年クランブルック・アカデミー・オブ・アート(ミシガン州)にてファイバーアート修士課程修了。
Evanston Art Center専任講師およびアーティストとして活躍中。日米で展覧会や受注制作を行なっている。
アメリカの大衆文化と移民問題に特に関心が深い。音楽家の夫と共にシカゴなどでアパート経営もしている。
シカゴ市在住。