チューリップ不動産・水谷社長の講演を聞いて
最近注目のゲストハウス、シェアハウス。従来の「外国人ハウス」から連想される外国人や海外居住の長い日本人向けといった用途にとらわれず、女性を中心とした20~30歳代の単身者を中心に利用されている。また、主に中古物件をリノベーションなどして活用するため、オーナーにとっても初期投資が低コストで抑えられることや入居者数を増やせ利回りが良いことがポイントだ。 先般、埼玉県住まいづくり協議会が主催したシンポジウムにて、女性向けシェアハウスの先駆者であるチューリップ不動産(株)(東京都中野区)代表取締役の水谷紀枝氏の講演を聴講してきた。「シェアハウスの黎明期は過ぎた」と話す同氏のエピソードには、シェアハウスをこれから始めようという方にも、また「賃貸住宅のこれから」という視点でも、多くのヒントを含んでいたように思う。紹介していこう。




ターゲットは“夢追う女性”
チューリップ不動産は、水谷氏が8年前設立。「がんばる女性の屋根でありたい」をモットーに、主に地方から上京してきた若年層の女性に向けて、中野区・杉並区を中心に低賃料で快適に過ごせる住まいを提供。「質素で身の丈に合った生活をしていくなかで、余った時間・お金を自己投資してほしい」という思いで運営している。
部屋の形態は一般的な賃貸住宅と異なり、個室、ドミトリー(相部屋)のほか、居間、水回りなどは共用となる。礼金・敷金・保証金などの初期費用はとらず、保証人も不要としている。短期滞在者も多いため、1ヵ月以上の定借としているケースが多い(旅館業法の関係で1ヵ月以上は絶対条件)。これは他のシェアハウス、ゲストハウスも概ね同様だ。
20年ほど前のいわゆる「外国人ハウス」と呼ばれるゲストハウスなどは、「風紀が良くなかった」と水谷氏は振り返る。
そこで、2002年、がんばる女性に合う新たなネーミングを考え、それを「シェアハウス」とした。今では一般名詞化している同名称だが、そもそもは同社が発祥なのだそうだ。
徹底した入居審査、生活ルール。 きめ細やかな管理が必要
このように昨今のシェアハウスブームの先駆けであった同社が話す「シェアハウス運営」のキーは、“ルールの徹底”だという。管理側はほぼ24時間体制で入居者をサポートしているのだ。
興味深いエピソードがある。
ある日、同社は入居者Aさんから「同居するBさんの下着が派手なのが困る」という相談を持ちかけられたというのだ。これだけ聞くと「そんなところまで!?」という気がするが、Aさんいわく「派手な下着を干して、外部から見て住人皆がそういう人だと思われたくない」とのこと。チューリップ不動産側も「防犯面の心配もある」と判断し、Bさんへの交渉に踏み切ったという。Bさんには納得してもらえたというが、「この程度の介入はざらです」と水谷氏は話す。
また、このようにはっきりと意見をもらえた場合はまだ良いが、女性同士であると表面上では仲が良くても実は思うところがある…なんていう事態も多いそう。微妙な言い回しなどから女心をくみ取ることが求められるそうだ。
そのほかにも「例えば、夜にインターネットの接続がうまくいかないなどの問合せがあれば即時対応をします。翌朝では遅いのです。こういったフットワークの良さが不満を出さないことにつながる」(水谷氏)と話す。
また、家賃回収も大きな課題だ。入居条件のハードルが低い分、入居審査は厳しく行なっている。実際、同社の未収家賃は、運営してきた8年間のなかで3万円のみだという。
加えて審査では、「キャリアアップ」を目的にした女性であることも絶対条件だ。そこに温度差があると共同生活上で不協和音が生まれてしまうという。
生活共同体としてのコミュニティ。 “ツール”として活用
シェアハウスのコミュニティは「昔ながらの長屋や下宿に近い」と話す水谷氏。ただし、オーナーが同居する下宿に比べ、家の外に管理側がいるため、クレームやリクエストを言いやすく、住みやすくなっているのだとか。
一方、地域社会などの従来のコミュニティとは異なり、ある意味ツール化して利用できるという。つまりは「必要なときに必要なだけ」互いが情報交換をしたり、コミュニケーションを取ったりできる、ゆるいつながりが持てることも魅力なのだとか。
最近人気の「twitter(ツイッター)」しかり、ベタベタしない程良い距離感でつながっていくというのは若年層を中心に人気のようだ。
建物内は、コミュニティ醸成や心地良い暮らしのための工夫も多い。必ず共用部分を通らないと各居室には行けないような動線としているほか、1部分にカラフルな壁紙を取り入れる、内装もカフェなどテーマ性を持たせている。
入居者の感性を刺激する イベントも多数用意
冒頭にも紹介したように、低賃料で部屋を貸し、その分浮いた資金を自己投資しながらキャリアアップめざす女性を応援するというのが同社シェアハウスのコンセプト。ある入居者は働きながらアロマセラピストの資格を取得し、現在は念願だった青山のショップで働いているそうだ。「資金力・気力ともに一人では成し得なかった」と語っていたという。
また、ある入居者は、贅沢を削ぎ落とした生活をしたいと同社シェアハウスに入居。「朝活・英会話」という取組みをブログで呼びかけ、そのレッスン料だけで生活しているそうだ。
通常の生活のなかでも積極的な情報交換なども行なわれているが、同社側からもアーユルヴェーダの講習会や英語で料理教室、ワイナリー・農業体験といった、入居者の「自分力」がアップできるようなイベントを開催し、入居者の感性に刺激を与えている。「小さなことでもいいので成功体験を積むことが、キャリアアップでは大事」と水谷氏は語る。
もちろん、こういったイベントを通じて、入居者・管理会社との絆を深め、入居者の意見をフィードバックしていく良い機会ともとらえている。
既存物件を有効活用。 低コスト、高利回りが可能
また、同社シェアハウスは古い物件をリノベーションしている。空室・空き家を有効活用することは、社会に求められている流れでもあるし、地域にとっても若者を呼び込めることは活性化が見込める。
加えてシェアハウスでは、水回りを一ヵ所に集約できることから、建設・設備コストがかからず、周辺相場の半分以下の家賃で提供することができるという。
ワンルームの賃貸マンションとするよりも、入居者を多く入れることができることから、利回りも高い。
ただし、そういった高利回りから、「不動産の救命救急」と考え、同社に依頼してくるオーナーも少なくない。そういったオーナーには、同社監修のシェアハウス運営に関するDVDの購入を勧めているそうだ。「まずはシェアハウスを正しくご理解いただくことから始めます。シェアハウスのリスクを十分に説明するとともに、リノベーションに必要な費用は安くないこともお伝えします」(同氏)。
同社では、オーナーから依頼を受けた場合、「女性に向いている物件か」を第一に、立地・安全性など、多角的な視点で判断していく。まず、立地や用途変更の必要性の有無など、シェアハウスに転用可能かどうかの検証から開始する。
提案としては、あくまでも狭小地やストックの有効利用として位置づけている。見積もり書と収益試算を提出し、別の活用方法も合わせて提案する場合もあるのだとか。
生き残るには、エリア特性を分析。 必要とされる賃貸住宅の提供へ
今回紹介したようなシェアハウス、ゲストハウスは、最近人気が高いものの、ある程度の人口が集まる都市でないと成り立たない事業でもある。水谷氏のすごさは、東京という人口が集中する場所で、あえて通常の賃貸業に参入せず、当時はまだ未知数であっただろう「女性向けシェアハウス」というニッチな需要を掘り起こし、事業化したことだ。
そもそも、同氏が事業を立ち上げた経緯は、ご自身の「産休が認められない」「働きながら子育てがしづらい」といった経験からきている。「女性の暮らしやすい社会」を形成するため、将来のママ候補である未婚女性のキャリアアップ・成功体験獲得のサポートを、水谷氏が経験してきた不動産業のなかでしていくと決めたそうだ(同氏は同社立ち上げ前に大手不動産会社に勤めていた)。
今後単身世帯は増加するものの、賃貸住宅は供給過多の状態で、従来のビジネスモデルでは、入居者を獲得するのは難しい。自分のエリアを見据えたとき、どういった潜在ニーズがあるのか、それを見極め、具体化していく力が必要とされている。(umi)