地域のコミュニティ拠点として活用
昨今の不動産業界で注目を集めるキーワードの1つが「空き家対策」。全国的にさまざまな取り組みが展開される中、産学連携による空き家活用の取り組みが東京・蒲田の住宅地でも行なわれている。住友不動産(株)は、未接道・再建築不可・築60年超という“超”悪条件の古家をリノベーションし、オーナーから1年間借り上げ、同社のリフォームブランド “新築そっくりさん”のモデルルームとして内覧会等に使用している。内覧会等が行なわれない時は期間限定の展示会場として、プロジェクトに協力する共立女子大の学生がアートイベントなどを企画・運営している。
◆“旗竿地”の見本のような敷地形状
JR「蒲田」駅徒歩14分の閑静な住宅街に建つこの建物は、敷地面積133.98平方メートルの在来木造工法の平屋建て。戦後間もない1951年築で老朽化が激しく、半ば廃墟と化していた。幅1m強程度の細い通路の奥に立地する、「旗竿地」の見本のような敷地形状であり、接道要件を満たしていないため、建て替えることも不可能。かつてオーナー一族は隣地を含めた広い土地を持っていたが、周りの土地を切り売りしていき、最後に残ったのが今回の旗竿地だったのだという。
劣化の激しいこの建物の改修についてオーナーから相談を受けたのが住友不動産(株)。条件は悪かったものの、“そっくりさん”として全面改装を提案した。住友不動産によれば、「築64年という築年数通り、状態はかなり悪かった。建物の一部にしか基礎がないなど無理な建て方をしていたこともあり、改修にはかなり手を掛けた」という。
また、今回のプロジェクトは、接道要件を満たしていない再建築不可の建物の全面改修という珍しい案件だったため、同社の担当者が、知人である共立女子大学家政学部建築・デザイン学科教授の高橋大輔氏に建築を学ぶ大学生の教材にしてはどうかと提案。高橋氏のゼミナールの学生が施工現場を見学し、一部作業に参加するなどした。
◆基礎も一部のみ……施工は困難
戦後間もない時代の建築とあって、建物の状態は非常に悪く、施工は困難を極めた。「老朽化した古家独特の臭いもあったし、庭も雑草が伸び放題。パッと見は“廃墟”といっても不思議ではありませんでした」と高橋氏は話す。
その、半ば廃墟と化していた建物の再生に当たり、まず基礎から手を入れた。建物は地盤と同じレベルにあり、雨が降るたびに建物の周囲に水たまりができてぬかるみになっていた。建物に傾きもみられたため、一部基礎が存在していた部分にコンクリートを増し打ちしたほか、ほぼ全面に布基礎を新設した。
建物は一度スケルトン状態にし、柱や梁は使用できるものは補強しつつそのまま生かした。一方で、シロアリによる被害がある柱や、劣化が激しい部材に関しては交換。それでも現在の耐震基準に照らすと耐震性が足りなかったため、柱と筋交いを追加した。また、隣地境界との距離が接近していたために床面積を52.42平方メートルから50.41平方メートルに減築。減築部分にあった水回りも移動して、1ヵ所に集約し、効率的な室内動線を実現した。
◆“築64年”が洗練された住空間に
再生した建物は、外壁を一新。黒を基調とした外観は、洗練された印象を与える。伸び放題だった庭の雑草を刈り、芝生を敷いて開放的な雰囲気も演出している。
室内は一部の既存の梁を露出させ、和室の床の間を残すなど、従前の古い日本家屋の雰囲気を残しながら、現在の生活様式に合わせた1LDKにアレンジ。LDKは天井板を取り払い、最高天井高3,100mmに。キッチンはカウンターキッチンにし、サッシを入れ替えた広い開口部からの採光で室内全体を明るくした。
学生も各所の作業を見学したり、縁側に設けたウッドデッキの製作を手伝うことで、今後課題となっていく古家の再生を実地で学んだ。「職人の方が丁寧に指導してくれたようで、学生にはいい経験になりました。今後の研究に生かしていきます」(高橋氏)。
◆学生が主体となって地域のコミュニティ拠点に
建物は2014年11月に竣工。住友不動産が1年間借り上げて新築そっくりさんのモデルハウスとして使用しているほか、高橋ゼミの学生が主体となって建物を活用したアートイベントなどを企画している。モデルハウスとしてだけではなく、イベントスペースとしても活用することで、地域にこの建物の存在を知ってもらう、地域コミュニティの拠点としてもらうという側面もある。
手始めに今春、慶応大学湘南藤沢キャンパスの企画団体と連携して空き家問題をテーマにした展示イベントを実施し、好評を博した。また、9月5~12日には、沖縄県立芸術大学が16年に迎える開学30周年のプレ事業として、同大学の彫刻選考の卒業生による展覧会「Sclpture map in KAMATA Renovation house」を開催した。
彫刻家として活躍する沖縄芸大卒業生16人の作品を室内に展示。近隣住民ら1日約50人が来場するなど、空き家として半ば廃墟となっていた建物に賑わいが戻ってきたという。
高橋氏は、今回のプロジェクトで得た知見を全国的な空き家活用の取り組みにつなげていきたいと話す。「全国各地で多様な空き家対策が行なわれている。一方で、人口減によって今後住み手が減っていくことが見えていることも事実。こうした空き家を、再生して地域コミュニティの拠点にしていくことも求められるのではないか。ここで得たノウハウを別の案件にも生かしていきたい」(高橋氏)。
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再生前の同物件は、庭は雑草が生い茂り、ゴミなのか家具なのかよくわからない物体も放置されていた。本文中では「半ば」と表現したが、「9割方」廃墟と化しているといわれてもおかしくない状態で、もちろん再生後の姿とは大きく違っていた。こうした老朽化した建物を再生できる技術やノウハウが育ってきていることは、歓迎すべきだろう。しかし人口減少が進めば、その再生した空間を“住む”以外でどうやって活用するかという視点がより重要度を増してくる。
現在、地域のビルなど、もともとまちの中心的な存在だった建物を再生してコミュニティ拠点として活用する取り組みは多くみられるが、今回のプロジェクトのような、老朽化した小規模な住宅を地域コミュニティ拠点として活用する事例はまだ少ない。今後の空き家活用、地域活性化のヒントとして注目したい。(晋)