空き店舗が増加し次第に寂れていく商店街。建築設計、不動産業を営む(株)ビルススタジオ(栃木県宇都宮市)代表取締役の塩田大成氏は、こうした商店街の一つだった栃木県・宇都宮市の「もみじ通り」商店街を復活させたことで知られる。文字通りシャッター街だった同商店街では、塩田氏の尽力により現在新たに17店舗がオープンした(その経緯は月刊不動産流通5月号「空き家活用で地域を活性化」でも紹介)。今、同氏は「店舗」の次のステップとして「住宅」に着手。周辺エリアでの空き家の流通促進を試み始めている。
◆優良店舗を見つけてから物件を貸すようオーナーを説得
塩田氏は、2010年、県内最大のにぎわいを見せる商店街から、落ち着いた職場環境を求めて昭和の雰囲気が香る「もみじ通り」に事務所を移転してきた。
そして、「近くにおいしいランチ、コーヒーでくつろげる場所が欲しい」「商売する仲間が欲しい」と思うようになり、カフェの誘致を試みたことで、その後も店舗仲介に関わっていくことになったという。
この最初のカフェ誘致の時点で、店舗を貸すオーナーを見つけるのに苦労した。同商店街に空き店舗は多いものの、テナントを募集している店舗は同社が入居した物件以外になかったからだ。つてを頼り周辺エリアから宇都宮に移転したいというカフェをなんとか見つけたが、目星をつけた物件のオーナーの連絡先が不明だったり、オーナーまでたどり着いても断られてしまったり…。空き店舗のオーナーは、貸す必要に迫られてない人がほとんどで、むしろ、下手に他人に貸して面倒なことになると困ると考えている人が多いとみられた。数件断られた後、ようやくカフェのオープンにはこぎつけたが、このときの経験から、同氏はまずオーナーを説得できる優良テナントを見つけることに注力するようになった。
同氏はもともと宇都宮周辺で、築古ならではの味がある、個性的な物件に特化した物件仲介サイトの運営・仲介を手掛けており、候補となるテナントを見つけやすい環境にあった。「一般的な不動産会社の基準では、築古は不人気物件ですが、一方で昭和レトロな物件を好む人は確実にいます。そうした人々の中から、もみじ通りの静かな環境と合わせて、入居したい人は必ず見つかると思っていました」(同氏)。
そこで、同サイトを通じて物件の問い合わせがあった際、優良テナントを見つけるべく、まずはヒアリングに力を入れ、よさそうなテナント候補が見つかれば、もみじ通りへの移転を勧めてみるという方法を採った。ヒアリングで重視したのは「人に選ばれる店」であるかどうか。というのも、人口50万人超の都市である宇都宮では、車で20~30分かかる郊外立地でも評判のカフェなどには人が来店する商売環境があり、また、もみじ通り近隣には比較的県内でも裕福な層が住むお屋敷街がある。そうした状況から「質が良く、ちゃんとおいしい、ちゃんとつくっているもの」であれば客が呼べると判断したからだ。
ヒアリングは対面で「これまでどんな商売をしてきたか。どういう思いでやっていたか。これからは何をやりたいか」などを丹念に聞き出す。併せて他エリアからの移転を希望するテナントの場合はネットでこれまでの評判も調べる。それらの内容に同氏が納得できるまで、物件を紹介したり、オーナーに引き合わせたりすることはしない。そのため、時にはしっかり答えられず、宿題として持ち帰って再度来店する人もいたという。
こうしたことを繰り返すうちに自然と「腰を据えて自分の商売に集中し、自分でお客さんを呼んでやっていくんだという覚悟ができている人だけが残っていきます。仲介を断ることはしていませんが、結果、フィルターとしての役割を果たしているとは思います」(同氏)。
◆第2段階は住宅。空き家を流通させるべく“空き家予備軍”へ働きかけ
同氏がテナントを選別、地道にオーナーを説得していったことで、2016年までに17店舗が出店。商店会がすでに解散していた地域で新たな店が複数オープンしたためメディアにも注目され、もみじ通りが知られるようになった。そこで同氏は「店舗」の次のステップとして「住宅」に着手。周辺エリアでの空き家の流通促進を試み始めている。
というのも同商店街の裏手にはお屋敷街が広がっているが、ここ数年、相続等で分譲地や賃貸アパートに変わるケースが増え、まちの景観に変化が出てきている。一方、周辺200~300メートル四方のエリアを調べてみると、賃貸を除く空き家は約70戸あるが、過去5年間を遡っても、売買物件の情報が出ていない。
実は同氏、自身が職場だけではなく住居もこのエリアに移したいと考えていることもあり、「この商店街にエリア外からのお客さんも来るようになって、ここを気に入り、移り住みたい、今ある家を引き継いで改修して大事に使いたいというニーズが確実に増大していると感じています。家を引き継げる仕組みがつくれれば、それがエリアの景観や価値を保つことにつながる」と考えた。
そこで、“空き家予備軍”の人々に引き継ぐ選択肢があることを伝えようと、季刊のフリーペーパーを発刊。もみじ通りでここ5年間に起こっている動き、店舗をオープンさせた人やその店を気に入って通って来てくれている常連さんの想いなどを綴り、周辺350世帯に配っている。今、住んでいる人とその子供世代に直接届けたいという想いから、手渡しを原則として、Webではなくあえて紙媒体にしている。
同時期に、同氏の活動が注目され、もみじ通りが空き家対策のモデル地域に選ばれたことで、宇都宮市と栃木銀行、宇都宮大学と連携した空き家調査も始まっているという。
調査では、近い将来の“空き家予備軍”として、周辺350世帯中の約4割に相当する90戸の持ち家の高齢者単身世帯に「自宅や土地建物を将来どうするつもりか」という内容のヒアリングを実施。調査結果の分析はまだだが、同氏は大抵の世帯が、「同居していない子供に家を譲る意志はあるが、まだ話し合ったことがない状態」だと推測している。今後は、調査結果に基づき、まだ間に合ううちに各世帯の住人に、自宅の行く末を子供と一緒に考えてもらえるよう働きかけていくという。
「親から受け継いだ住宅を売りに出すことに罪悪感を持ったり、恥ずかしく感じたりする高齢者の方も多い。そうした気持ちに寄り添いながら、例えば既存住居の再生・活用事例などを紹介するなどして、少しずつ意識を変えていくのが大事だと思っています」(同氏)。
今後、モデル地域としてもみじ通り周辺で空き家が流通する仕組みがつくれれば、もっと広い範囲に波及することになる。宇都宮市に限らずよい事例となることを期待したい。
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今回の取材で印象的だったのは、「全部埋めないといけないわけじゃないんです」という同氏の言葉だ。「商店会や行政、コンサルとしての立場だったならば、『できるだけ空き店舗を埋める』という考え方になるかもしれないが、もみじ通りで商売を営む人々は、少数のスタッフと家族が養える程度に商売が成り立てばいい。質のいいものを商う店舗が徒歩3分圏内くらいで点在していれば、彼らの商売が成り立つくらいのお客さんが訪れる」(同氏)というわけだ。ひとくちに「通り」の活性化といっても、どういう状況が活性化された状態なのか、その通りごとに違ってくる。あらためて考えさせられた。今後、同商店街でつちかわれたノウハウが、空き家対策にどう結びついていくのか、興味深い。(meo)