プレゼンテーションスペース「LIPS」をみる
建設用地持ち込みから商品企画の選定、販売、建設、管理まで一手に引き受けるビジネスモデルで、高品質のマンションを低価格で提供している、(株)長谷工コーポレーション。そのビジネスモデルの一端を担うのが、プレゼンテーションスペース「LIPS(リップス)」だ。長谷工がマンション事業主に対し、企画設計や仕様決定などの具体的提案と、新技術・新商品情報を提供する拠点で、このLIPSを介することで、事業主は自社のコンセプトにあった商品企画や仕様を、よりスピーディーに決定することができる。まさに企業秘密であるこの「LIPS」が、17年ぶりに大規模リニューアル。通常、そこは長谷工社員と事業主関係者しか立ち入ることができないが、記者は幸運にも取材することができた。
外観は普通の倉庫 中はマンション部材の大博覧会
東京・芝浦のある倉庫。外観は全く普通の倉庫だが、中に入ると風景は一変。巨大な吹き抜けを持つ2階層に、マンションを構成するさまざまな部材--キッチン、バルコニー、ユニットバス、サッシュ、玄関ドア、建具、スイッチなど…が、所狭しと並んでいる。大手住宅建材メーカー(TOTOやINAXトステムなど)のショールームをイメージしてもらえば分かりやすい。ただ、余計な装飾は一切無く、もちろん綺麗なコンパニオンもいない(笑)。整然と商品が陳列されているのが、いかにも「プロ」向けの趣である。
LIPSとは、Living Image Presentation Spaceの略語。事業主、設計担当者、販売担当者が一堂に集まり、マンション建設現場で実際に使われる部材を見て、触りながら、建設するマンションに導入する商品や仕様を決定するためのプレゼンテーションスペースとして、1988年にオープンした。
マンション施工最大手の長谷工のビジネスモデルは、「土地持ち込み」といわれる手法で、用地の選定からそこに建設するマンションの具体的仕様の策定、販売、建設、そしてアフターサービスから管理に至るまでを一貫して請け負う。この事業における「標準仕様」(特段の追加費用なしで建設できるグレード)の範囲で、どのような居室ができるのか、また、多少のコスト上乗せにより導入できる、長谷工が開発した新商品・新技術などをまとめて展示。カタログでは理解できない商品の質感を実際に目にすることで、商品企画立案のスピードアップを図っている。例えば、外気や日照にさらされる外壁タイルやバルコニー手すりなどは、実際外光に照らすことができる位置に展示されている。
展示面積は、約1,800平方メートル。このLIPSにある商品群により、マンションの中身は、ほぼ100%決めることができるという。ここでは、週4日間、4つのプレゼンテーションルームでは、連日マンション仕様の打ち合わせが行なわれており、年間100プロジェクト、合計1万5,000戸のマンション仕様が生み出されている。
「競わせること」で仕様をレベルアップ
このLIPSは、商品企画のスピーディーな策定以外に、もう1つ重要な役割がある。それは、ユーザーニーズの多様化と販売競争の激化に耐えうる中身のある商品を作り出す(作り出してもらう)ことだ。
LIPSに展示されている商品は協賛メーカー約80社によるもので、どの商品も種類ごとにまとめられ、金額と寸法など仕様が揃えられている。ここが重要な点だ。つまり、協賛各社は、同条件での熾烈な競合にさらされるということだ。
事業主は、デザインや機能面を総合的に比較・検討しながら、使う部材をふるいにかけていく。人気の無い商品は、当然脱落していくから、メーカーは商品開発に真剣に取り組む。しかも、コストは厳しく制限される。長谷工側も、よりユーザーのニーズにマッチした商品を欲しているから、販売会社の長谷工アーベストなどからユーザーの声を集め、惜しげもなく協賛会社にフィードバックする。だから、LIPSには商品カタログにない最新商品もすぐに展示される。
「かつては、水周り商品は戸建住宅に追いつけ、追い越せが合言葉でしたが、いまは完全にマンションが追い抜いた感があります。逆に、当社の協賛メーカーはかつて100社余りいましたが、厳しい競合を勝ち抜けず減っていきました。とくに最近は商品の入れ替わりスピードも早く、半年間生き残ることができればすごい商品であると思います」とは、同社エンジニアリング事業部の江口均デザイン室長の弁だ。
17年ぶりの大規模リニューアルを敢行
そのLIPSが、誕生以来17年ぶりに大規模リニューアルを行なった。その1つが、最近の「安全」「安心」に関するユーザーニーズの高まりに対応した、「防災コーナー」の新設。同社は、今春から原則総戸数200戸以上のマンションに、非常用飲料水生成システム、ベンチ兼用炊き出しかまど、防災トイレを標準採用している。これらに加え、実物の免震装置や耐震・災害対策のプレゼン展示が追加された。
また、長谷工は、マンション建設やリニューアルに関連するさまざまな新技術を毎年いくつも開発している。それらを紹介する「技術開発コーナー」も新設された。「近年は建て替え、リニューアルといった市場が拡大しており、これらを重要なマーケットとみている」(江口室長)ことから、排水管更新技術、サッシュのリニューアルシステム、大規模修繕に対応したバルコニー(外壁塗りなおしの際、ずらすことができるもの)、高遮音フローリング、遮音・防塵スリーブといった展示が前面にだされている。
オプションと自社開発商品も充実
標準仕様に物足りない事業主には、2階のフロアにまとめられたオプション仕様が勧められる。主として水周りのグレードアップ商品が陳列されているが、長谷工のグループ会社「フォリス」の手によるオリジナル商品は、なかなかの充実ぶりだ。オリジナル仕様のキッチンは、重厚感のあるアルミ叩き仕上げと、塗装仕上げの扉、まとめ買いした缶ビールやジュースを大量に収納できる幅木収納など見た目と使い勝手を両立。メーカーとの共同開発を続けているディスポーザーも、年を追うごとに静音化・小型化が進み、それに伴い、キッチンの収容力も増している。
関西では、長谷工施工・販売のマンションには、「U'sStyle」と呼ばれるオリジナル商品が無料提供される。残念ながら、首都圏ではこの「U'sStyle」が開発されていないが、その試作品として、オリジナルウォークインクロゼットが展示されていた。通常、クロゼットの「ウォークイン」する部分には何も収納できないが、この収納は扉にハンガーを吊るすスペースが用意され、わずかなスキマも有効活用できるようになっている。
大量供給による競争激化は、マンションの商品企画を飛躍的に向上させている。だが、そのために、デベロッパーは血のにじむような努力を日々強いられている。ユーザーニーズが多様化し続ける以上、その努力は永遠に終わることもなく、かつ表にも出てこない。今回、LIPSを見学させてもらったことで、長谷工グループのそうした努力の一端を垣間見ることができた。今度来るとき、LIPSはどれだけの進化を遂げているか、楽しみになった。(J)