多くの観光客でにぎわう築地。本願寺や築地市場など、日本の伝統や食文化を象徴する一方、古くは外国人居留地があったこともあり、異文化を吸収しながら発展してきたまちだ。場内市場は移転したものの、場外市場は健在。現在も多くの外国人観光客が「食」を目当てに訪れている。その「食」の築地が、「職」のまちへと変わろうとしているという。
◆クリエイターのための“リアル”ワークスペース
仕掛けたのは、映像制作業界向けクラウドサービスを提供する(株)ねこじゃらし(東京都中央区、代表取締役:川村 ミサキ氏)。同社は3月1日、クリエイター向けコワーキングスペース「DMZ WORK(ディーエムジーワーク)」を築地にオープンした。
「2006年に会社を設立してから、クラウド上にお客さまのデータを保管する、いわばバーチャルワークスペースを提供してきましたが、“リアル”ワークスペースも提供し、バーチャルとリアルの両面からクリエイターを支援したいと考えました」と話すのは、同社代表取締役の川村氏。
コワーキング事業参入にあたり、クリエイターの真のニーズを把握するため、同氏は現役クリエイター100人を対象にアンケート調査を実施。その結果、仕事場の環境で重視することのトップは「静かで集中できること」に。その次に回答数が多かったのが「他のメンバーとのコミュニケーション」と、相反するような結果となった。「クリエイターが真に望むオフィスが少ないのは、こうした矛盾があることに気付いていなかったからかもしれない」と同氏は話す。
そのほか、「長時間作業しても疲れにくいイス」「作業机の広さ」「機密情報がしっかり管理できること」「明るさを自由に調節したい」などのニーズがあることも分かった。
◆完全会員制、“集中できる”机とイスも
「DMZ」は、同社が入居しているオフィスビルの2階に開設。専有面積は258.18平方メートル。個室12部屋(4.1~22.3平方メートル)、会議室2部屋(5・6人用)を設け、最大38人が利用できる。
ワークスペースには、アンケート結果から得られたクリエイターのニーズを随所に反映させた。
まず、クリエイターとして仕事をしていることを確認するための審査を通過した人のみがワークフロアに入室できる「完全会員制」とし、入居者が安心して作業に集中できるスペースを提供する。審査なしの1日利用など、いわゆるドロップイン型のプランは設けていない。
また、発表前の商品や放送前の映像など、絶対に外部に漏らしてはいけない情報を多く扱うクリエイターのために、全室カギがかかる完全個室を用意。会話からも情報が漏洩しないよう「サウンドマスキング」というシステムを導入し、会話内容を隣の部屋の人に聞こえづらくするようスピーチプライバシーにも配慮している。
入居してすぐに作業が始められるよう、全室に机とイスを標準装備。机は27インチモニターを2台並べられる幅広のワークスペースに。イスは長い間座っても疲れない「エルゴヒューマンプロ」を採用。ヘッドレスト・アームレストの高さや角度、背もたれ、座面の位置調整機能など、数多くのアジャスト機能が装備されている。コンセントは1席につき6個確保しているため、複数の機材でも余裕を持って使うことが可能だ。
グラフィックデザイン、写真、映像を扱うクリエイターにとって、光は非常に重要な要素。「作業のあらゆる行程において、必要とする光量や色味は変わってきます。どのような明るさで作業をするのが効率的かどうかも、人それぞれ」(同氏)であることから、真っ暗から自然光に近い明るさまで調光、調色できる照明を全室に付けている。
入居者同士や外部との交流イベントとして、寿司を食べながら緩やかに交流できる「寿司フリーナイト」も月に1回開催する予定。同ビルの6階は、外部の人も入れるカフェフロアとし、ちょっとしたミーティングやイートインスペースとして利用できる。「ハンモックを設置しているテラスもあるので、部屋にこもって作業する合間のリフレッシュにも活用してもらいたい。すでに、セミナーや勉強会、ワークショップなどのイベントも開催されています」(同氏)。
月額利用料は1人につき3万円。個室利用の場合は、別途月額6万3,000~32万9,000円がかかる。入居者は、同社が提供するクラウドサービスが無料で利用でき、近隣の飲食店割引サービスが受けられるという特典も。現在の契約数は3件、問い合わせは20件強。女性には6階のカフェスペースが好評だという。
◆まちを盛り上げる「築地バレー構想」
同氏が「築地」という場所を選んだのはなぜか。
「私たちがリアルなワークスペース提供サービスの最初の拠点として築地を選んだのは、新たなクリエイティブを生み出す可能性を秘めた、文化の交差する場所の象徴だったからです。築地という地名の由来は“地を築く”。その意味の通り、この場所が“クリエイティブ”と“イノベーション”の発信地となればと期待しています」(同氏)。
さらに同氏は「築地バレー構想」なるものを掲げている。「食」の築地を、「職」の築地へ。IT・クリエイティブ領域において支援し、国内、そしてグローバルで活躍できる人材・企業を生み出すことで、築地の経済発展に貢献していくというものだ。
築地市場移転後、水産会社などが入居していたビルの空室が目立っていたが、その空室には「20社ほどのIT・クリエイティブ系の会社が移転してきている」(同氏)という。仲間を募り、築地のさらなる発展を目指していく。
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「現状の築地には、成長したベンチャー企業が入るクラスの200~500坪のビルがほとんどありません。築地の今後の発展のためには、渋谷・ビットバレーの時の『セルリアンタワー』や『マークシティ』のような、一定規模以上に成長したベンチャーが入れる施設ができることを期待しています。市場跡地はその受け皿として最大候補だと考えていますので、行政とも協力し、築地をITとクリエイティブの拠点となるよう働きかけていきたいと考えています」と、同氏は今後の「築地バレー構想」について語った。
まだまだ「食」のイメージが強く残る築地。新興のIT・クリエイティブ系企業によってどこまで「職」の築地へと変貌を遂げられるか。都内の各地で“バレー構想”が次々と持ち上がっている中、築地でかつてのビットバレー時のような勢いがみられるのか、今後の動向に注目したい。
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